少年の日の思い出-「傘を持たない蟻たちは」読了しました
「傘を持たない蟻たちは」読了しました。他に下書き保存してるエントリもたくさんあるんですが、忘れないうちに、今までのシゲアキの小説についての話も含めての感想を。
シゲの小説はよく「主人公の挫折と葛藤を描く」部分に焦点をあてられ、評価されていると思います。ZEROで櫻井くんが対談のあとの総評でも言及してました*1し、おおよその書評がそうではないでしょうか。
このことをシゲ本人は「好きなのは人が葛藤する話」「どうやって主人公を苦しめてやろうかと思う」*2と言ってます。小説家として自分の経験をベースにすること*3はもちろんあっても、私小説的*4ではないという態度をとろうとしているのが凄いなと、「渋谷三部作」を通して私は思っていました。
あくまで、「とろうとする」なので、オタクからしたら「このエピソード、昔雑誌で話してたやつだなぁ」みたいなのはあるし、「この描写はきっと実際に体験したことだろうな」というのは他の小説家さんよりも見えてくる部分はたくさんあります。作家になる前から、アイドルとして生活のことを話してきたベースがある分、それは仕方ない。でもその自分の体験ベースのアレンジがシゲはうまい。そこがオタク以外にもシゲアキの小説が受け入れられた要因だと思います。その点を踏まえて私は「渋谷三部作」は「加藤シゲアキ的・少年の日の思い出*5」だなと思ってました。少年や青年の苦い思い出や葛藤を通す話。それと訣別しようとする話。シゲアキが見てきた苦さや、読者に考えて欲しい生き方の提示。どちらかというとヘッセよりケストナー*6に近いのかな。いずれにせよ、ヘッセもケストナーも自分の体験や感じたことをベースに若者の葛藤を描くのに長けている作家です。大げさかもしれませんが、「渋谷三部作」を読んだ後、私は「少年の日の思い出」や「ファービアン」と同じような読後感を抱きました。
前置きが長くなりました。今回の短編6つはそういった単なる「少年時代(過去)の葛藤、またそれとの訣別」だけの話ではありませんでした。おそらく作家として、書く内容だったり手法のバリエーションを増やして、より確固たる地位をシゲアキが作っていく第一歩なんだと思います。そんなことを考えながらページをめくっていきました。以下がその感想です。収録されている短編の中で、「Undress」「イガヌの雨」「恋愛小説(仮)」は初出時に読んでいたので再読時に思ったこともごちゃまぜになっています……。話の本筋に触れるようなことはしませんが、あくまで感想なので、ネタバレ厳禁なかたはお気を付けくださいませ。
1.「染色」
色を軸にした恋の話。この話に限らず、シゲアキの小説は色が話のカギになることが多いですね。映画をよく見ると言っているだけあって、視覚的に物事を捉える人なのかな。話を書こうとする時に映像を浮かべながら、それにあった言葉を吟味して叙述しているんだろうなぁと思わされました。
主人公がだんだん恋にのめり込む様が、黒に近い紺色で表現されてるのかな。スプレーが小道具で出てくるのは「スプレーがだんだんと色を濃くして染み込ませる道具」であることと恋にのめり込む様をかけてる気がしてました。舞台が都会じゃなくて、ちょっと外れたとこにある設定なのも若者が初めてのめり込む恋愛感があって好きです。
文登、っていい名前ですよね。綺麗だなぁと思いました。でも変換したら郁人が真っ先に出てきたよ…!
2.「undress」
これSPA!でひそかにずっと読んでました。SPA!っぽいなぁと思ってました(笑)とてもドロドロしてるんだけど、サラリーマンに限らず「あり得る」話だと思います。出てくる人全部小市民的でカッコ悪いですよね。いい意味で。その中で食えない存在の社長がとても気になりました。最後の描写は金八の時の「同じ制服をみんな着て…」っていう鶴本直の言葉を思い出したのは私だけでしょうか。社会に組み込まれてしまう恐怖。
あと、ところどころ、これはシゲの体験したことへの何かのメタファーなんだろうか?と思って読んで苦しくなった。何の、どういう、なのかは言ってしまったらそれこそ作者と作品を切り離して読めてないことになるので言わないけど、もやったなぁ!という。
4.「イガヌの雨」
本当にこの話がニガテです。褒めてます。後味が悪いのとグロテスクである点で、初出で読んだ時にむりー!ってなりました。そこを狙って書いているんだと思うので、まさに思うツボです。「みんながしているから」×「でも、信頼する大人に禁じられている」の間にある葛藤って、この話に書かれている中高生くらいがピークの葛藤だと思います。10代過ぎるとそれが自分で割り切れたり、逆にこじらせすぎたりするのかな。
最近のインタビューで「イガヌ」が「ウナギ」のアナグラムと知って、今年の土用の丑の日にウナギを楽しく食べられるか心配です。それくらい「イガヌ」のグロテスクな描写が秀逸だったということです。
5.「インターセプト」
超怖い!!!でも好き!!ってなった話。1つの話の中で二つ入れ込みたかったとどこかで本人が語っているのを見ました。長編とかだと語り手を章ごとで変えるのはよくあるけど、短編で同じ事象なのに受け取り方を正反対にすげ替えるって面白いよね。語り手・視点を変えるのは割とある手法だけど、そこにSNSが中心のネットストーキング性を絡めたのがとても現代っぽい。トリッキーで読みやすい話だと思います。このあとで紹介しますが、矢野利裕さんがリアルサウンドで書かれていた「ピンクとグレー」評をふと思い出しました。
6.「にべもなく、よるべもなく」
今まで伝説的に語られていた「高3の時の選択授業で書いた小説」が日の目をここでやっと見るわけですね。ここでシゲが書きたかった葛藤って、単に「自分が知らなかったことを告白されて受け止めきれない葛藤」「変わる自分、変わる周りと今までとの間に生じる葛藤」なんだと思うんだけど、それに同性愛のことが絡んでいるから単なるBL的な感想が上がってしまいそうなのがとても残念。いろんな人のいろんな人生と、都会⇔地方論的なことも入り込んでいるから実はすごく複雑な話だと思います。再読するときは、お兄さんの描かれ方とか、根津爺の描かれ方にも注目して読みたいと思っている作品です。
とりあえず以上が私の「傘アリ」についての初読(と言い切れないけど)の感想と、そもそも作家・加藤シゲアキの作品について考えていたことです。あー楽しかった。
そもそもの最初の三部作は自分の経験も踏まえた、シゲアキにしか書けない葛藤小説だったと思います。今回は短編ということで、より作家としてのアイデンティティーを確立させるような話を送り出してくるのでは?と思って読んだわけですが、読んだらその通りでした。今までは作り手受け取り手ともに「NEWSというアイドルである小説家の作品」アイドルであることが前提とされていたのが、「NEWSというアイドルかつ小説家の作品」というようにアイデンティティーが並立になった感じ。小説家としての力量がぐっと伸びたことと、もう小説に対してはアイドル前提のコメントは簡単にはさせない!という心意気を感じました(切り離せないから言及はされるとしても、です。念のため)。
矢野さんはジャニ研!とかリアルサウンドの連載でご存知の方もいらっしゃるかとおもうのですが、そもそも村上春樹についても書かれているので、他の書評よりも納得してしまったのは私だけでしょうか……。矢野さんが関わっているジャニーズ関係の本、どれもおもしろかったのでおすすめです。これについてもなんかしら書きたいなー。
今回、このブログを書くにあたっていろいろ考えたんですが、昔シゲが「本屋の棚に自分の名前の札が欲しい」みたいなことを言っていたと思います。それは今回の「傘アリ」で叶っているようなので、個人的には高校入試あたりにこの短編からひとつ、使ってもらえたらいいんじゃないかなぁと思いました。「少年の日の思い出」よろしく教科書!とまではハードルあげないけどさ。この前シゲが対談していた朝井リョウさんの小説も割と高校入試で出題されていたりするしね!